2014年5月30日
東京都写真美術館コレクション展「スピリチュアル・ワールド」に横尾がテクナメーション作品を10点出品しております。5月13日(火)から7月13日(日)まで。

バルセロナのピカソ美術館にて開催中の「ポストピカソ」展のカタログより。

 1980年にニューヨーク近代美術館で開催された回顧展には、ピカソの晩年の作品は少ししか展示されていなかった。しかし、横尾忠則にとってこの展覧会は、彼のキャリアが大転換するほど、まさに天啓というべきものであった。横尾は次のように述べている。「1980年にニューヨーク近代美術館でピカソの回顧展をみて、心から絵を描きたいと思った。かくして、ぼくは“画家宣言”をすることになった。最初から、ぼくは絵描きになりたかった。長い回り道を経て、ぼくはついに絵画の世界に立ち戻ることができたのだ」この“長い回り道”によって、横尾は日本における最も成功したグラフィック・デザイナーのひとりとなり、極東におけるポップアートの創始者となったのだ。1981年に彼は絵画へと立ち戻り、その後20年以上にもわたって、ピカソの作品からインスピレーションを得た一連の作品を産み出した。《芸術の浄化》(1990)に始まり《ネモ船長ピカソに遭遇》(2007)に至るまで、あらゆる水のメタファーは洪水や変容する力として表されている。横尾は、自分の最初の記憶は洪水のそれだと述べている。「何日も雨が降り続いた挙げ句、川は氾濫し、橋は破壊された」。わずか2歳だったにも関わらず、両親が彼を背負い、激流のなか不安定な板切れのうえを渡っていく様子を覚えている。このとき感じた身の危険は、いまでも彼にとって強迫観念となっている。
 横尾はこのトラウマをピカソの作品と結びつけている。とりわけ1930年代後半の暗喩的なコンポジションや、アンリ=ジョルジュ・クルーゾーの映画「ミステリアス・ピカソ 天才の秘密」(1956)において、ピカソが透明の紙に大きなペインティング《ラ・ギャループ》を描く様子が用いられている。《芸術の浄化》(1990、cat.30)では、横尾は1930年代後半のピカソの“泣く女”のイメージと、1980〜90年代にジャスパー・ジョーンズにも影響を与えた《青い葉のついた麦わら帽子》(1936)における解剖学的に浮遊する形とを融合させている。女性の揺れ動く指ととがった眼のほか、麦藁帽子の縁と垂直に落下する髪の毛もピカソの作品と呼応している。横尾は人体の形を変容させるにとどまらず、背後の風景とも関係づける。瀧の流れは輪郭を浸食し、色面のずれは女性の形となっている。第二の作品《交感神経と副交感神経の結婚》(1991、fig.5)の題名は、横尾が大人になってから経験した心身症の状態を表すとともに、幼児期に経験した洪水の記憶を力強く呼び覚ますものである。ピカソが《ラ・ギャループ》を描き出す様子を写したクルーゾーの映画に基づき、(赤い髪の)芸者、山岳風景、急流その他のモチーフが混じりあった背景のうえに赤い絵具で女性の輪郭を描くことで、作家は万華鏡のようなコンポジションを産み出している。彼は巨大な瀧の縁に立ち、まるで空間のなかでスケッチしているかのようである。《20年目のピカソ》(2001、fig.6)は横尾が1980年にニューヨーク近代美術館で受けた啓示を思い起こさせると同時に、彼の幼児期の記憶を幻覚のように示すものでもある。ピカソ(《自画像》1907 に基づいている)が見守るなか、二人の子どもが木製の橋を渡っているのだが、その橋は巨大な滝壺の上に上下逆さまになっているのである。"Only in desperation is true art achieved"という文字が丸太の縁に書かれている。明らかに横尾は、晩年のピカソを老いぼれだとはみなしていない。作家はいまだにかたちと経験を自在に操る魔術師であり続けており、それは年齢とともにむしろより熟達しているのである。〜カタログより抜粋〜

2014年5月29日
体力テストの旅から帰ってきました。テスト合格かな? 国立国際美術館の「ノスタルジー&ファンタジー」展新作(150号三点)、旧作共に展示されています。ぜひ新作を見て下さい。カタログの制作は遅れています。

ブログにル・モンド・マガジンの掲載作品(肖像画の一部)がでています。こちらも見て下さい。

カルティエ財団現代美術館で開催される30周年記念展「Mémoires Vives(鮮やかな記憶)」に出品される横尾の肖像画の作品が、ル・モンド・マガジン(2014年5月24日号)に掲載されました。

2014年5月27日
昨日国立国際美術館の「ノスタルジー&ファンタジー」展のオープニングに出席。若い作家とのグループ展。最近はどこに出ても最年長。こーいう所に出るのも体力テストなり。

今日は京都市立芸術大学で学長の建畠晢学長とトークの授業。客員教授就任初授業。これも体力テストなり。

久し振りの新幹線。これも体力テスト。何んでも体力テスト。絵を描くのも体力テスト。

明後日湯本温泉に行くがこれも体力テスト。これからの人生は全て体力テスト。

2014年5月19日
150号新作が集荷されて長い制作期間がやっと終った。3~4ヶ月かかったと思って調べたら労働時間は 40日ちょっとだった。全く時間が進行してくれなかった。時間が早く過ぎるのも怖いけど、時間が淀んだ状態もつらいものがある。

ひとつのハードルを越えたと思ったら、まだ残りの肖像画が50数点待っている。すでに15点描いたので、この調子でいけば6月中には完了するだろう。

大阪の国立国際美術館の「ノスタルジー&ファンタジー」展(新作3点出品他にも数点)が5月27日より開催。

2014年5月13日
運動不足を気にしていたが、等身大以上の絵を平行して描くと、動きっぱなしだ。一日中アトリエの中を動いているので、運動だと思えばいいんだ。今日なんか汗だくだった。

途中で一時間公園のベンチで緑の樹木をただボンヤリ見ていた。自然との対峙、これは精神の運動だと思う。

大作がやっと終ったけれど、明日から54点の小品(例のカルティエ財団美術館の出品作)の制作に入る。これは量と持続の勝負。もうスポーツだ。

2014年5月12日
自分らしい作品に出会えればいうことない。だけど自分らしくない作品に出会いたい。そんな作品ができた時、これこそ自分らしい作品なんだ。

絵は描きながら、おかしな方向に向かうことがある。そんな時は絵が成功する時だ。ハンドルが切れなくなってくる。それでも走る。あとは事故しかない。その事故に向かっている不安と危険。あわやの時、急にコントロールがとれる。作品ってそーして出来る。

風に揺れる樹木を見ているとあきない。風に動かされているのか、自分で動いているのか、その戯れ方にパターンがない。法則がない。こんな風に他力か自力か区別のない生き方がいい。

完成目前になると、いつもそうだが、競馬がゴール手前で道草を食うような気分が起こって、その気分を味わおうとしてしまう。余裕かな? 余裕なんていつもないので、単に怠けているだけだ。

アトリエに朝6時に入る。CDが勝手に掛かっていて、高倉健さんが「唐獅子牡丹」を歌っている。昨日午後からCDは聴いていない。ラジカセの中に入っていたCDがどうして早朝勝手に掛かってんの? わけわからん。

やっとこさ150号3点描けましたわ。ほんま長かった、シンドかった。大阪、国立国際美術館で「見てくれまっか」。というほどのモンちゃうけどなあ。

足のケガが8ヶ月、まだ治りまへん。まあ業というやつや。一難去ってまた一難、6月中に例のカルティエ現代美術館出品作肖像画が100点、あと54点描かんとアキマヘンのや。体力テストを受けてるみたい。

約束(会う)もうちょっと待って下さいね。忘れていません。

大きい絵は立ったり、しゃがんだり、キャンバス移動したり、油絵具とアクリル絵具の作品と同時進行したり、とにかくアトリエ内を一日中動きっぱなし。これって結構運動です。

夕食後、ホッとして時々過呼吸になってビニール袋に息を吐いて、一酸化炭素を吸っている。以前はこんなことで救急車2度呼んだことがある。医者は処女がよくなる現象だと言う。「この年じゃ珍しいですね」だって。

2014年5月9日
久し振りで150号大3点、やっと仕上り。内容や考えでサイズを決めるのではなく身体(体調)の要求で決めることにしています。この仕事が終ったあと、カルティエ現代美術館に送る50数点がまだ残っている。休めないね。

事務所の猫おでんが昨夜野宿して、朝無事戻ってきた。初の外泊で疲れたか今日はごゆっくりお休みになられました。

大阪の国立国際美術館の「ノスタルジー&ファンタジー」展(新作3点出品他にも数点)が5月27日より開催。

カルティエ財団現代美術館の30周年オープンが5月20日より。9月20 日まで。この間にカルティエでの個展作家の作品を随時展示。とは別にぼくの肖像画100余点(現在58点)も随時展示。

2014年5月7日
「菜根譚」は座右の書のひとつだ。論語や老子と違ってそんなに極端ではない。どっちかというと中庸だ。「菜根譚」の中に「大器は晩成し、早熟な者は早くダメになる」と。さあ自分はどっちか考えてみよう。また周囲の人を眺めてみよう。

さあ、2点半描けた(「ノスタルジー」展)。半というのはキャンバス2点組の一点のこと。今回の150号3点は体力との闘いだった。まだイケルけれど調子に乗らないようにしなきゃ。アンチエイジングもほどほどに。

ゴールデンウィークはぼくの年令の人間にはシルバーウィークだ。まあこのあとは一生シルバーウィークだけどね。最後はストーンウィークで終り。

暑い、寒いが日々変る。自分の考えと体と作品みたい。

「エルトポ」のホドロフスキー監督に会って話した話をしたっけ? 彼のエネルギーの毒気も心地いいけれど、新作「リアリティのダンス」観てみては? 平気で見れれば大したものだ。ぼくは3回見たけど。

絵を描いていて一番面白いのは終らないことだ。いや終えないことかな? 完成なんかクソくらえだ。未完で結構。プロセスを遊ばなきゃ。なんでもプロセスが面白い。だって目的がないんだから。

2014年5月2日
超軽い睡眠導入剤を飲んで寝るが、昨日だったか飲むのを忘れたけれど眠れた。すると睡眠剤が効いているのではなく、結局イリュージョンで眠っていたわけだ。そー考えると当然だけど意志が自己を支配している?

まだ湯たんぽを入れて寝ている。いつ止めていいのかわからない。多分6月頃までやってんのかも知れない。

なるべく自転車とステッキを止めて歩くことにしている。ぼくにとって歩くことは大仕事。いちいち歩くことを考えて歩いている人はいないが、ケガの後から「歩くこと」が大問題になっている。

熊谷守一さんは一日蟻を見ていて、蟻は2番目の左足から歩き始めると言っているが、何の根拠もなさそうだ。ぼくも飼い蟻を毎日見ているが熊谷蟻は見たことがない。

2014年5月1日
国立国際美術館の「ノスタルジー&ファンタジー」の2点(150号)がやっとこさ完成。あと1点、今日からと思ったけれど気分転換に公園で無為と戯れる。明日から始めましょう。

最近ツイートをよく忘れる。大して変りばえのない日々を送っているので。毎日の日記は一週間まとめて「週刊読書人」(書店販売の新聞)に連載しています。

今年に入ってからカルティエ現代美術館出品の肖像画58点(あと50数点)と「ノスタルジー&ファンタジー」を描き続けているので、考えてみたらほとんど本を読んでいなかった。今日ブラッと本屋に久し振りに行ったが、なんだか本ばかりで怖くなってすぐ出てしまった。
バルティス展と、間もなく来るデュフィ展は見てみたい。絵の関心はいつも古い時代のものにばかり興味が走る。
今日久し振りに野川へ。森も川も公園もすっかり緑が濃く、深くなっていた。春の景色じゃないね。もう草木は早々と夏化粧だね。熱中症にご用心。


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