6月30日
○本日送られてきた本
磯崎新さんより「空・風・人」/「音楽を言葉に」吉田秀和著
淡交社より「法然院」梶田真章、道浦田都子著

6月29日
YOMIさん
誕生日ねえ。あと何回誕生日が来るのだろう。残された生の時間を感じさせる年令になってしまいました。あと何点位描かされるのかしら?この年になると時間が大きいテーマです。あとは何もないです。「憂魂、高倉健」が高価にもかかわらず、再版が決定しました。初版より再版の方が部数が多いのも不思議ですが、実は好評なんです。

6月27日
○本日送られてきた本
 京都国立近代美術館より「無声時代ソビエト映画ポスター」京都国立近代美術館

6月26日
○本日送られてきた本
 講談社より「小説・手塚学校1」皆河有伽著
 二玄社より「新・小さな美術館への旅」星瑠璃子著

福冨祐太さん
やはりエッセイより小説の方が自分の世界観が表現されますね。それはエッセイと違って言葉を越えた「何か」に向おうとするからかな。絵も同じです。エッセイは本当のことを書く代わりに超えられない世界で完結してしまうからです。読んでいただいた「パンタナールの道」の前に「ポルト・リガトの館」がありますが、この短篇(100枚以上)はやっと脱稿した「スリナガルの蛇」(150枚強)で完結です。秋以降に掲載の予定ですが、来年初めに出る単行本で通しで読んでみて下さい。

6月24日
○本日送られてきた本
 城山隆さんより「ヤードバーズ」アラン・クレイソン著/山本安見訳

6月23日
Tomoko Kevorkianさん
ニューヨークからのメールありがとうございます。MOMAが制作したぼくのカード・ボックスやノートなどの現物をMOMAのミュージアム・ショップで見て下さい。出たばかりです。ぼくもプレゼント用にまとめ買いをしたいのですがまだこちら(日本)では手に入らない状態です。原画になっている作品は当美術館のコレクション作品からアレンジしてデザインされたものです。

米田賢司さん
「ぶるうらんど」を初め「ポルト・リガトの館」も「パンタナールへの道」も結末に向うプロセス、そしてどんでん返しの手法(絵では無理かな?)で、犯人のいないミステリーというかミステリックな物語に、と思って書きました。次の「スリナガルの蛇」でこの三つの物語は終わりますが、本当は単行本になった時点で、三篇続けて読んでいただけると、あなたの中に書かれなかった四篇目が創造できるはずです。

○本日送られてきた本
 辻井喬さんより「叙情と闘争」辻井喬著

6月21日
○本日送られてきた本
 佐藤秀明さんより「三島由紀夫の文学」佐藤秀明著

今度MoMA(ニューヨーク近代美術館)から「TADANORI YOKOO」と題したBOXED NOTE CARD SET と NOTEBOOK SET と POCKET JOURNAL の三種類のケース入りのカード・セットやノートブック・セット・手帳などが発売されることになりました。他にも1967年、ニューヨークで制作した「New York」と題した作品のポストカードも出ています。現在はニューヨークのMoMAで購入出来ます。まもなく原宿のMoMAショップでも発売される予定です。さすがMoMAのデザインセンスはいいです。自分の作品に見えないで人の作品に見えます。

   
 
 
 


○本日送られてきた本
 NHK出版林さんより「兵士たちの戦争」(NHK戦争証言プロジェクト)
 岩波新書より「ノモンハン戦争」田中克彦著/「イワシと気候変動」川崎健著

東京の異界という取材でいつも行く野川周辺の公園へ。ここは都会の喧騒を離れた森と公園と川。特に樹木の茂っているアトリエ周辺はツタが這っていて密林みたい。ぼくの少年時代の密林冒険物語の世界は正に異界。公園のベンチの前にも蟻が歩いているけれど、毎日ここを人が通る。そして蟻は一匹ずつ踏み殺されていく。それでも毎日別の蟻がやってきて、それも踏み殺される。絶え間なくやってきて絶え間なく死んでいく蟻。

異界といえばメダカの住む水槽内こそ異界だ。ここに住むメダカは人間と違って水の中でしか生きられない。異界とは普段生きられない場所のことじゃないのかね。そんなわけでぼくは毎日異界を覗いている。向こうも人間界に取り囲まれた拉致された生物だけれどそんな認識などないおおらかさで、ただただ休みなく泳ぎ続けている。

6月18日
耳鳴りと脳の因果関係の検査(MRI)の結果、脳には一切異常見られず。心配だった梗塞も見られず、以前やや高かったコレステロール、血糖値、その他も通常以下の数値。過日の大腸、胃の検査も異常なかった。次はどの病院で何を調べようかなと考えている。とにかく病院に行くのは好きじゃないけれど嫌いじゃないので結構よく行く方かな。その都度先生と親しくなって帰ってくる。

新聞の書評を担当するようになってからは毎日本を読んでいる。仕事で読む本と趣味で読む本が交差している。この交差が結構創作に変化を与えてくれる。それを絵にするか小説にするかを考えるのはまた楽しいことである。

元匿名氏さん
小説の登場人物の男女の思考や行動はありそうでない。なさそうである。なるべくそんな不可能な人間を設定したいと思います。そしてそんな男女のズレを愉しんでいます。ズレが成功すれば想像的な物語になるのでは、と思いますが彼等はなかなか一筋縄ではいかぬものです。

6月17日
NHK出版富士資料センターの夕食メニュー
アジのフライトエビフライとサラダ、豚の冷シャブごまだれとまいたけとエリンギとインゲンとパプリカ黄と赤、牛たたき、さしみ(あまえび、いか、まぐろ、クラゲ、)枝豆、おしんこ、お吸い物(卵となめこと麩、)デザート(ぶどうとさくらんぼ)ご飯、スパークリングワイン、アイスクリーム、高級つぶあんぱん。以上(注Ei Yokooのブログではありません)

◆資料館での夕食メニュー
 
◆部屋よりテニスコートと富士をのぞむ(午前6時)
 
◆短時間の大雨で道路が河になる

6月16日
今日は河口湖に来ている。NHK出版富士資料センターで11年前に出版された夢絵日記「夢枕」の新装版の編集作業中。仕事の合間のビリヤードで汗をかく。ビリヤードのトッププロのスーパーショット集のDVDを観ながらスタッフはプレーをするも、何ひとつ教訓になっていないことが明らかになった。それはともかく、いつもなら目の前に巨大にして雄大な富士山が見えるのに、辺りの森は真っ白な霧に包まれている。ひんやりした冷気が体に突き刺さるが、ビリヤードのキューは思うように狙いに突き刺さらないものだ。快感と無念(欲求不満)がせめぎ合う。

 
◆優勝4回、トータルで2位(資料センターにて)


湖畔近くのインディアン料理店「アラジン」(河口湖に来る度に寄る店)でナン、サフランライス、マトンカレー、サーグカレー、ヨーグルト、サラダ、ラッシー、チャイを食す。帰りにニーチェの「善悪の彼岸」と坂口安吾の「不連続殺人事件」と画集「エゴンシーレ」を買う。他にウコンの力、バニラアイスクリーム、高級つぶあんアンパン、薄皮つぶあんぱん、酸化防止剤無添加スパークリングワイン、イエローラベルティバッグ、オリジナルマイルドブレンドドリップコーヒー、以上(Ei Yokooのブログではありません)

◆河口湖近くのインド料理屋


6月14日
水槽の水が循環しているので小さい滝から水が水槽の中に空気の泡を作るのでその水泡の中の空気を吸うためだろうか、メダカがそこに力を込めて舞い上がってくる者もいたり、深く掘った穴の中が気に入っている者。逆立ちして水底の砂の中に頭を突っ込んでる者、常に相手にチョッカイを出して追い回している者、ただただ広くなった水槽を喜んで泳いでいる者で、今日の日曜日はメダカ三昧だった。その間駅前に出て甘味店でワラビ餅を食べたが、男一人でこーいう店に入る者は誰もいないようだった。

6月13日
水槽が倍以上に大きくなったメダカは飛んだり跳ねたりしながら、上がったり下ったり、行ったり来たりしながら泳いでいる。水槽の中には山あり、森あり、地面の起伏ありでメダカ以上に楽しんでいるのが実は私なのであります。何時間見ていても飽きないのです。以前、前川清が藤圭子と結婚した時、前川が金魚ばかり一日中見ていて離婚されたような話しを聞いたことがあるが、私は前川の気持ちであります。かつて座禅などしたけれど、悟りたい方は座禅よりメダカの方が早く悟れそうです。メダカ禅は21世紀の新しい禅宗です。それに気づいた方はおメがタカいのです。

6月12日
○磯崎憲一郎さんより「世紀の発見」磯崎憲一郎著者

最近の日本のアートは一体どうしたの。大半がインスタレーションや立体作品。それも映像的なものからテクノロジー作。音に関する作品。それが別に悪いとはいわない。だけどダビンチが言うように絵画はあらゆる芸術の中で最も重要だ。それは音楽と姉妹関係にあるという。そして彫刻はクソ食らえだと。また絵画といえばアニメチックなものばかり。それが時代の要請だとしてもアーティストはそれに従うのではなく、時代に逆行することこそアーティストの使命ではないかと思うのだが、ぼくはやはり古いんですかね。ダダの時代のダダイスト、フランシス・ピカビアは友人のデュシャンやマン・レイに反逆するかのように生涯絵画に徹したそんなピカビアはぼくの父である。デュシャンさえそんなピカビアの過激性に一歩譲っていた。

○藤巻一也さん
わがメダカは向井千秋さんが宇宙空間で孵したメダカの子孫です。とにかく元気過ぎます。だから今 日はもっともっと大きい宇宙空間的水槽に移しかえることになりました。

6月11日
夜中の2時にパッと目が覚めたので、匿名氏の当て字を七つ八つ考える。こんなのどうでしょう。思いを解明する「解明思」。ちょっと仏教的に、人間は多くの苦しい命をかかえて死ぬ「十苦命死」。肉体器官でまとめてみました。「頭口目胃歯」。病気になったら「吐口目医師」にかかること。ノイローゼ、ストレスは「頭苦瞑思」で治そう。動物でまとめてみました。「兎駆牝玄人獅」。19の女の意志は「十九女意志」と書く。ちょっと神道風に「杜宮女石」は如何?これ以上考えると眠れなくなるので、ではこの辺でおやすみなさい。

元・匿名氏さん
「徳名さん」「得無さん」「十区迷子さん」そう、この「十区迷子」さん、これは如何ですか?イメージ広がりませんか?こんなのはどうかな、「都区迷子」っていうの。東京のド真ん中での迷子っていうの。「十区」も捨て難いし。また「遠く迷子」は?苗字の中にひらがなが一個入っているってのは独走的ではない?「Mot.遠く迷子」、ついでに横文字入りは?「十苦迷死」―これは無駄ですよ。「得名士」とか「徳名士」とかは政財界的だし、「徳名刺」は占い師の命名みたいだし、「徳飯」はめし屋みたいだし、「十九目四」はどうですかね?「19◎4」は暗号的でミステリー。「戸久米子」は実際にいそうですね。一層のこと外人になったら?「Toc Macys」とか。「Mot.Toc Macys」とか、「MTM」とか。それとも侍風に「遠久名士」とか。またはデタラメ的時代劇風に「戸汲命刺」とか。「解迷氏」とか。簡単に「解飯」は?
もう疲れました。

○本日送られてきた本
松岡正剛さんより「NARASIA日本と東アジアの潮流」松岡正剛著
慶應義塾大学アート・センターより「肉体の叛乱」

6月10日
金沢21世紀美術館の個展(8/1~11/3)の出品作品の選択を学芸員の平林さんが行ってくれており、それに補足しながら、なるべく未発表または露出度の少ないもの、未完のもの、勿論ちゃんとしたもの(クオリティの高い作品《笑》)も出品します。滝のポストカードの部屋はパリのカルティエ美術財団、ニューヨークのフリードマン・ベンダ・ギャラリー以来で、国内では久し振りの発表になります。別名「鏡の滝部屋」です。江戸川乱歩の「鏡地獄」「赤い部屋」「花の部屋」的世界です。天国的だけれど実は地獄です。

小さい声でいいます。「文学界」7月号に小説 <パンタナールへの道> が掲載されています。

6月9日
元・匿名氏さん
こう書くと「匿 名氏」という中国の方みたいですね。酒井忠康さんの「早世の天才画家」読んでみて下さい。日本の近代絵画の牽引者の約半数が夭折だと知って驚きました。西洋ではモジリアニやエゴン・シーレがすぐ思い浮かびますが、ビュッフェも10代か20才までに死んでいたら記憶に残ったかと思いますが、ワン・パターンのまま生き長らえることのみっともなさは早世より苦痛ですね。夭折を諦めたアーティストは、あとは変貌し続けるしかないですね。ワン・パターンじゃ擦り切れちゃいますからね。

YOMIさん
金沢21世紀美術館の「横尾工房」はぼくの分身がどんどん増殖しているようですが、完成時には一体どうなるんでしょうか。「君のものは僕のもの」ではなく「僕のものは君のもの」になっちゃうんじゃないかと思います。それを「君のものは僕のもの」にするためにはぼくが筆を入れる労力はきっと大変なことになりそうです。だから「君のものは君のもの」として突き離すしかないでしょうね。

6月8日
39年前の1970年の「週刊現代」(1/22)に発表した1頁大のイラストレーションが講談社の倉庫から2点発見(もう一点は発見されず)されたといって当時の編集者(すでに退社)ではない別な方から送っていただいた。この頃は夢中でイラストレーションを描いていた。今になって見ると懐かしい。34才の時の作品。当時は絵を描いても編集部に渡しっぱなしで、滅多に返却されなかった。勿論催促すれば返却されるのだが…。こうして行方不明になった作品が随分ある。当時古書店で手に入れたという人がいるが、こうしてどこかに存在している場合はまだしも、社内で移動があったりする時に用済みの原稿として処分されたものも多いはずだ。現在でも例え出てきたとしても誰の作品か分からないまま秘かにどこかに眠っているかも知れない。このブログを見た人の中で、もし誰かが所有しているような場合はぜひ一報いただきたい。

6月7日
何もしないことをする日曜日は体の休息日です。何かすることのあるウィークディは体を動かしますが、頭は休息日です。そしてその両方共夜は体も頭も休息します。しかし魂だけは年中無休です。

6月5日
○本日送られてきた本
NHK出版・林さんより「脳が冴える15の習慣」/「脳と気持ちの整理術」築山節著
○本日送られてきたCD
石田多朗さんより「Grand finate」石田多朗作曲
美術出版社より「デザイナーへの道を知るー30人の言葉」石田純子著

昨夜、八王子のY字路撮影に行く。やはり都心とはどことなく違うが、どこが違うかははっきりしない。というのは昔の民家は壊され、建売り住宅だったり、国籍不明の変なセンスのないデザインの家がほとんどでどこにも昔のような日本の民家の美はない。それとY字路の中央に建つ建物は左右の道路に挟まれているので、車の騒音が激しく住み心地が悪い(例えばお店などは、先ず駐車場が取れないのと、最も危険な場所なので客が寄りつかない)場所のため、段々居住者が離れて行き、空地になったY字路が増えているという現象がある。その内Y字路は都市から消えるかも知れない。実際ロータリーみたいになっている所も多い。日本はもともと農道が多かったせいで、その名残りがY字路を形成したようだ。秋にはY字路の写真集と展覧会が予定されている。

いつも9時にベッドに入って、10時に無意識になることにしているけれど、昨夜はY字路撮影からの帰宅が遅く、12時頃にベッドに入ったが眠れないので滅多に飲まない眠剤を飲んだら、それも効果なく、テレビなど見てしまった(外国のロック番組)のでその後眠ったらしく(あまり記憶はないけれど)8時半に眼が覚める。長い間7時間睡眠だったが、一度バランスを崩すと、またしばらくリズムが狂う。この調整は体ではなく心が行うので、実に厄介だ。でも心を体に切りかえるためには体の酷使しかない。マッサージやぬるい風呂に入ったり散歩をすれば直ることは知っているけれど、最近は心のコントロールの「実験」を行っている。それに成功した時は日頃あまり相手にしてない心なのに、この時ばかりは心を評価することにしている。

6月4日
○本日送られてきた本
小池書院より「ふしあな」塩川桐子著

萩原健一さんがぼくが耳鳴りが激しいと言ったら、いい先生を紹介するといって、昨日慶応病院に行ってきた。病院内の看護婦さんが全員マスク(先生も)着用にものものしい雰囲気を感じたが、それに対して患者のマスク着用は少なかった。これが逆転していたらもっと怖いが、看護婦さん達のマスク風景は妙に安心感がある。マスクは白にきまっているが、あれが赤とか黒だとするとミステリーぽくて面白いのになあと受付のソファーに腰を掛けながらそんな幻想を描いていた。

6月3日
○本日送られてきた本
NHK出版 林史郎さんより「『アメリカ社会』入門」コリン・ジョイス/谷岡健彦訳
保坂和志さんより「生きる歓び」保坂和志著

今年初めての水瓜を食べた。初物を食べた時は南を向いて笑うといいという。
ハッハッハッハッ。

6月2日
憂魂、高倉 健」が発売(6月1日)と同時(2日間で)に初版が品切れになり、目下増刷に入る体勢を取ったそうです。書店で手に入らない所が出ると思いますが今しばらく待って欲しいとのことです。まずは「お知らせ」です。

N.Y.から友人のリンダ・ホーグランドさんが「ANPO物語」という90分の映画(日本でも上映される)を作るためにANPOをテーマ、又はそれを暗示するような作品を描いているアーティストの作品とインタビューの取材のために来訪。近作の前で語る。この映画にはあまり見たことのない作品が映される。50年ほど前のことを思い出しながら語るが、あの当時の問題は何も引きずっていない自分と、「どうかな?」という自分も見え隠れしている。

メダカを見ていると泳ぐのが楽しく、面白くて仕方ないように見える。一生泳ぎ続ける楽しみはメダカになってみないと分からない。でも全身全霊泳ぎに命をかけていることは分かる。この生き方は人間には真似ができない。メダカのような生き方をしている人はまだ見たことがない。

小説は観念的で、絵画は肉体的といったが、小説は考えると、とにかく考える。頭の中に氷を詰め込んでいるように冷やっこくなるまで考える。それに比べて絵は描き始めると指の先が熱くなる、そして全身が頭がカッカするほど熱を帯びる。この二つの行為を通して、精神と肉体のバランスがとれている。そんなことを目下体験している。

憂魂、高倉 健」写真集には氏の映画デビュー前のものや、撮影中のスナップ、細江英公、森山大道、立木義浩さんらの写真も掲載しています。他に外国スター、ポスター、絵画などなどです。発売と同時に品切れの書店が多く、アマゾンも在庫切れになっています。37年前に制作したもので、現在のぼくの感覚ではない作品で、ちょっと気恥ずかしい気もしないではないですが、ヤクザ映画全盛の高倉健さんの魅力満載です。またこの本の刊行に合わせて、池袋・新文芸座にて<孤高のスター・高倉健>の映画を5月28日~6月10日まで代表作全てを上映中です。


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