2011年12月29日
発熱があって頭痛がするので少々心配になり、病院に行く。腸製剤と頭痛薬で安定する。アトリエが寒くて仕事にならず帰ってくる。夜は今年最後のマッサージにいく。
今日は病院は静かだった。人が混んでいる方が、妙な活気がある。暮れには病人もあんまり病院に行かないらしい。
2011年12月27日
今日は特別寒い。絵を描く手が縮こまって途中で止める。考え方も縮こまる。明日大腸の内視鏡の検査を受けるので昼食から食事制限が始まった。夕食のあと、明日の2時の検査まで何も口に出来ないのはつらい。年明けには胃の内視鏡を考えているが、別にマゾではないですよ。
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2011年12月25日
今日も一日アトリエでコラージュと絵の制作をする。もう仕事が遊びか休息かのか区別がない。だが寒いのだけはつらい。
休日はどうもつぶやきが減る。世の中が休んでいる時は頭の中も休んでいるらしい。
頭は休んでいるけれど、身体だけは動いている。頭と切り離して身体が絵を描いているからだろう。
絵はてごわい。絵に負けそうになることがる。絵を捜査しているのはこちらではなく向こう(絵)の方なんだ。
公開制作の疲れは睡眠ですっかり快復したが、昨日は雲ひとつない暖かい冬の日、午後は久し振りに野川添えの公園のベンチで、本など開きながらの休息。目に太陽の光をたっぷり注入。不眠解消法である。それにしてもこの公園の静けさは何だろう。人はいるが、実に静かだ。平和とか幸福というのはこんなささやかな状態をいうのかも知れない。
2011年12月24日
クリスマスはぼくの生活には関係ない。昨日の府中市美術館の公開制作には広い部屋いっぱいの観客に暖房はいらないくらいで、描きながらTシャツの下を汗が流れていた。一昨日から製作中、音楽を流してもらったので描く方も観る方もリラックスできたように思う。実は前々日腰を痛めていたのだが、いったん治ったところ昨日、再び痛み出した。それと前夜不眠だったので、これはかなりきつかった。2作目は早く描けると思ったが、これがてこずった。完成に至らず正月4日の年初めの公開制作に持ち越してしまった。来年再びお会いしましょう。
もう年令的に公開制作は無理かと思っていたが、やればできるものだ。でも肉体的には限界があるので調子に乗らないようにしなけらばならない。今年は肉体をいたわったために病気もしなかった。本当に「身体が資本」だと毎回実感している。
各地の展覧会やイベントに必ずいらっしゃる大阪からやってくる女の子がいる。昨日も上から下までぼくのテキスタイルの洋服でかためてきた。それがよく着こなせて個性を発揮している。その内ブログで紹介(写真)させてもらおう。
今日はさすがに腰が痛いので、マッサージに行くつもりだ。オノ・ヨーコさんもマッサージは身体にいいのでよくやると言っていた。山田洋次さんとも整体医院でバッタリお会いすることがある。
2011年12月23日
昨夜あまり眠れず。公開制作では疲労感はなかったけれど、絵のイメージが頭から離れなかったからだろうか。朝刊でイラストレーターの吉田カツが亡くなったのを知る。イラストレーター時代の昔の仲間の一人だが、ぼくより3才年少だった。ここ1〜2ヶ月の間に知人が随分多く鬼籍に入った。
今日は3回目の公開制作だ。昨日から取りかかった2作目に入るが、油彩画だから今日の完成は無理だろう。あとまだ100号のキャンバスが2点用意されている。年内にあと2回位できるといいが。年明けの描き初めもしたいところだ。
どうも最近は寝床が固定され、変わらぬ枕のせいで眠りにくくなっている。ベッドの位置でも変えてみようかなとも思う。ぼくは眠ることに多分に神経質だ。時々不眠になるがこんな体質が原因だろうと思う。この年令は色んな意味で体質が変化するようだ。
作品の変化は歓迎だが、体質の変化は困る。またよく変えるにこしたことはないけれど、ストレスのない生き方は絵さえ描いていればいいのだが、その絵によってストレスが生じることもあるからなあ。
2011年12月22日
午前中、アトリエで山田洋次監督と会う。そのあと府中市美術館での公開制作に。3日目だが昨日の150号がほぼ完成したかに思う。だから2作目にとりかかる。2作目は100号のスクエア・キャンバス。2作目は1作目と全く違うスタイルの作品になる。昨日と同じように観客多し。3日連続で来ている人達の顔もある。近くの人だろう。明日は祭日なのでもう少し観客が多くなるかも知れない。
公開制作の休憩時間
パンダになった黒タマ
2011年12月21日
寒い一日。駅前まで二往復する。親猫が去勢手術をして、妙な洋服を着て帰ってきたら、3匹の子猫が親に向かって威嚇した。薬の匂いもあって、親とは思ってないらしい。人間のように顔での判断ができないようだ。昨日猫を追っかけた時、腰の辺りをくねったようだ。明日は公開制作3日目だ。昨日午前中にスタートすると書いたけれどやっぱり午後1時からだ。
左から久里洋二さん、ひとりおいて樹木希林さん、オノ・ヨーコさん。写真=篠山紀信 |
府中市美術館公開制作 |
2011年12月20日
府中市美術館での第2回公開制作を行いました。会場が広くなったので絵も描きやすく、観客も沢山来られ、休憩時間にはトークや質疑応答も加え、150号の作品もかなり進展した。次回は22日(木)、23日(金・祝日)。その後も続行の予定。明後日は現在の作品を完成させ、2作目に取り掛かる予定です。是非足を運んでみて下さい。
2011年12月19日
土日は休日だけど終日アトリエで何かをしている。何かとは絵のことだ、このところはニューヨークでの個展のコラージュ作品の制作が続いている。コラージュは一気にまとめて制作した方が調子が出る。なんでも調子が出ないと上手くいかない。今週は公開制作が3日間入るので、その間はコラージュは休みだけれど、逆に公開制作に調子が出てくると延長も考えられそう。
2011年12月16日
自分には画業はないような気がする。画家になる以前の実験と模索の連続の繰り返しで、画学生だ。一生を画学生で終るのも悪くないか。
様式が定まるとすぐ壊したくなる。これってもしかしたら幼児性から脱却していないのかも知れない。それとも忍耐の欠如か、または完成に対する恐怖か。
一日の始まりの洗顔と、歯みがきとヒゲ剃りがどうも面倒だ。特にヒゲ剃りだ。だけど不精ヒゲのまま一日が始まるのは耐え難い。毎日が真っさらな一日でありたいためにヒゲを剃っているようなものだ。
昨日はポカポカ日和で、アトリエ内はまるで温室だった。午後、病院に行く。飲み続けている漢方薬のせいか、一番喘息の出る季節なのに安定している。声も掠れることもないが、咽が時々ヒューヒューと音を出すことがある。あとは睡眠だが、少しばらついている。深夜に時間のロスを感じる。今日の午後からニューヨークのギャラリストが来るが、見せるコラージュ作品がまだそんなに多くない。12月の個展を2月に延期してもらったが、このままでは4月頃まで延期してもらうことになりそうだ。
2011年12月13日
府中市美術館にて公開制作第1日目がスタートしました。次回は20日(火)の予定です。
府中市美術館での初日の公開制作が終った。昨日寝不足で疲れ気味だったが、描き出すと1時間もしない内に汗びっしょりで、疲れが取れた。制作は健康の素。次回は来週20日(火)。制作場所は今日よりうんと広くなるので描きやすそう。
本日の寄贈本
邑書林より「俳コレ」週刊俳句編
中条省平さんより「変愛書簡術」中条省平(中央公新社)
小学館より「マンガ/キッチュ」石子順造著
2011年12月10日
オノ・ヨーコさんを囲んでのアフターディナーで久し振り(1年?)でヨーコさんと話す。年令を絶するアノ若さとパワーとエネルギーと才能はどこからくるの? 東京を発ってオーストラリア→ロサンゼルス→ニューヨーク。正月はオクラホマへ。そのあとインドとか、ぼくは去年から海外旅行を退めたというのに……。彼女は奇跡だ。帰宅したころ丁度皆既月食の最中。すっかり忘れて見なかった。就寝時間が遅かったので、よく眠れず。朝方少しまとめて眠ったようだ。アトリエで終日コラージュの作業。スタッフの相島君臨時出勤。
久し振りの快晴だ。アトリエ内にも光が満ちる。小枝が揺れているので風がありそうだ。夕方までコラージュの制作で大半の時間をつぶす。夜はオノ・ヨーコさんの個展のオープニングへ。他の作家のオープニングに行くのはもしかしたら初めてじゃないかな? どんな気分だろう? 自分の個展のオープニングは緊張するけどね。
増田屋のトイレに飾られている2枚のポストカード
2011年12月9日
本日の寄贈本
ワイズ出版より「幼年クラブ」西野空男作品集/「気分」安部慎一作品集/「
西遊」まどの一哉著
横浜美術館の逢坂館長、学芸員の内山さんアトリエに。横浜トリエンナーレの報告など聞く。夕方までコラージュ用の雑誌の切抜きをする。
2011年12月8日
朝から雨が降りそうだったが、午後には雨になる。曇っているのでアトリエ内も暗い。あと14日で冬至だ。この2週間が一番楽しみだ。2週間が過ぎると毎日少しずつ日が長くなってくるからだ。
2011年12月7日
今朝5時頃、自分のイビキの音で目が覚める。少しお腹がはっているような気がするので、一度大腸と胃の内視鏡検査に行こうかと思う。昨夜の夕食のあとの肖像画は止め、休養に努める。今朝は5時から、「ユリイカ」のゲラを。15分ほど横になったあと、肖像画を描き始める。一週間ほどは毎朝夕、一日に2点づつ描いていたが、肉体に挑戦するのはよくないので、一日1点にする。それでも描きたくない日は描かない方がいい。
2011年12月6日
昼食べたピザで終日胸焼けしていた。体調のせいかも知れない。事務所の黒タマは今夜病院で泊まることになった。子猫も親と同じ位の大きさになってきたので4匹の内どれが黒タマかわからなくなりつつある。間違って親を里子に出したりして……。バスの切符を失くして大変なことになった。そんな状況が延々続く長い夢を見た。夢によって苦痛から解放された時ほど幸せな瞬間はない。
2011年12月3日
寒い一日だった。アトリエは熱い一日だった。絵を描くと手足が熱くなるのだ。
2011年
12月2日
●本日の寄贈本
小学館より「利他」稲盛和夫/瀬戸内寂聴対談
高知県立美術館より「桂、伊勢」石元泰博コレクション
現代書館より「僕のお父さんは東電の社員です」森達也著
美術出版社より「日本のアーティストガイド&マップ」美術手帖編
2011年12月1日
あと31日寝たらお正月。そんな時期になってしまった。今年は喘息以外は健康だった。12月は府中市美術館での公開制作などがある。場所は変れば絵も変る。
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