2014年2月28日
地獄の釜の蓋が開いて、天上からケツを振り振り舞い降りるモンローウォークのミック・ジャガーは5万人の善男善女のエネルギーをひと呑みにして、あの卑猥な唇から愛の猛毒を吐き出すその心地よさで酔わせる錬金術師。10年寿命が延びたような縮んだような。

内田百閒の「ノラや」みたいに居ながら帰らぬ猫になったタマを今日も想う。  

2014年2月27日
筑摩書房の長嶋美穂子さんが退社して浪曲師になるので、編集者の引き継ぎの窪さんと一緒に、大根と苺を持って来られた。甘い物より野菜がいいとツイッターで書いたら本当に野菜を持って来られて、感動してしまった。

彼女は編集の世界に見切りをつけて、「食べていけるかどうかわからない」浪曲の世界に身を転じた。過去を振り返らず新しい現状に立ち向かうその潔さが眩しい。

ローリング・ストーンズの凄さは言葉ではいえない。不老長寿の妙薬を飲んでいるのでは? 70才の男の肉体の美が発散するエナジーは感じるしかない。ミックを見ているとわれわれは別の価値観にまどわされているのでは? と思わされる。

猫の死期への旅が受け入れられないのは人間だけで、無垢な動物は無心に死を受け入れているような気がする。ぼくにとってはタマは人生の教師だった。これからも。

2014年2月26日
わが家に15年住んでいた老猫タマが昨日、敷地から出たことがないのに、どこかにフッと消えてしまった。死期を察し、姿を消したような気がする。空虚な気分。なぜか帰ってくる予感がしない。

猫は自分の心に忠実だ。こちらの気持など考えない。人間はこんな風に生きられない。転生するなら猫だなあ。  

2014年2月25日
林英哲さんが、ぼくをテーマにした作品のリサイタルが終り、全国ツアーから戻ってきました。再演があればぜひ観て下さい。その迫力に驚きますよ。

一枚、二枚、三枚と数えながらカルティエに出品する100枚のアーティストの肖像画あと75枚まで漕ぎつけました。もう職人仕事です。

ローリング・ストーンズのコンサート初日愉しみです。足を踏まれないようにしなきゃ。

シモンへ。長い間ツイッター見てなかった。目下格闘中の仕事終ったら、その頃暖かくなっているし、遊びにどうぞ。お互いに長い間顔見てないので、時々見せとかなくちゃね。でないとびっくりするよね。

2014年2月24日
あがた森魚さんが来る。初めて会ったのは彼の監督映画に出演した時だ。あの時、緑魔子ともう一人女優がいた。着物を着た大きい女がニヤニヤしていたのが桃井かおりだったのを後年彼女から聞いて「エー!?」だった。ではぼくの隣にいた男は? 今日初めて知ったけど大滝詠一だって。ホンマかいな。

来る人来る人が甘い物のお土産を持ってきてくれる。嬉しいけれど、医者から「食べたらあきません」と言われている。野菜がいいって。甘い物の代りに野菜にして下さい。以前も同じことがあったら、大根持ってきた人がいた。この方がいいんです。  

2014年2月21日
アトリエの横の森の遊歩道が氷結して人が通らなくなっていた。ぼくの散歩コースでもあるので、今日はスタッフと雪(氷?)かきをして道を作った。道ができた途端に人が沢山通るようになった。

長い間通れなかった道を通って野川の公園のビジターセンターのテラスで一服。ぼくより若い老人が川の鯉やカワセミを眺めている。日光浴といえば三島由紀夫的だけど、ぼくは熊谷守一的に陽なたぼっこだ。

パリのグランパレで大北斎展が開催されるが、展覧会と同時に北斎と現代を結びつけるドキュメント映画を製作。その監督ジャン・ピエール・リモザンが来訪。4月上旬に撮影。

2014年2月20日
日記を書くように毎日肖像画(カルティエ30周年展出品作家)を描いている。まるで職人のようだ。アーティストと思えばシンドイけれど職人と思えば趣味のように楽しい。

職人は朝起きると「さあ何をしよう?」なんて考えないが、アーティストは考える。その点ぼくはアーティストのように考える。だけど趣味のように考えるから苦にならない。

肖像画は似れば似るほどつまらない絵になる。似なきゃ似ないほどその人間の本質に近づく道かも知れない。絵のリアリティは見えるように描けば描くほどリアリティを失う。

似るように描くには勇気はいらない。似ないように描く方が勇気がいる。

2014年2月18日
昨日はカルティエの肖像画7点描く。数は質と比例することもあるが、一日、多くて5点、少なくても2点がいい。たまには描かない日も必要。

薄皮を剥ぐように一進一退しながら足は治っていくように思われる。ケガや病気に与えられる希望は格別の意味がありそうだ。

庭の瓶に張っている氷の下のメダカは? これで生きていたら奇蹟だ。去年は越冬したんだから、メダカのメカは?

2014年2月14日
久し振りで演劇のポスターを作った。演劇といっても能だ。梅若六郎玄祥さん演出・出演の泉鏡花「天守物語」である。

病気やケガは時には救いになる。長期間制作が中断されて、体調快復と共に制作を再開すると以前の作品に戻れない。だから別の方法を取るしかない。そのことが作品を救済してくれるのだ。

青森県立美術館での公開制作が完了しなかったので、アトリエに送ってもらい、完了させた。「昭和」と「青森」を絵の中に秘そませた。他にも美術史的なあるモチーフも。

こんなに続いて降る大雪は東京では滅多にないような気がする。こーいう大雪の日とか大雨とか、嵐の日に限ってアトリエから作品が搬出されていく。こんなジンクスは何10年も前から続いている。展覧会のオープニングも雨が多い。

元タイガースの加橋かつみさんが物凄い数のカサブランカを送ってくれてびっくり。花の数が50~70個はあるんじゃないかな。この前にアトリエに遊びに来た時花がないからって送ってくれたそうだ。優しいね。窓の外が樹木だらけなので気がつかなかった。

2014年2月12日
山田洋次さんと同じタイプの竹の杖を山田さんの知人にオーダーで製作してもらうことになった。チャップリンの竹の杖も日本製らしい。

雪の積った日、杖をついて路面を歩いたらすべらなかった。転倒して骨折した人が多かったが、杖を持てばよかったのに。

カルティエで頼まれている肖像画の制作にとりかかった。初日5点、2日目3点描いたが、初日の1点は気に入らないので描き直しだ。数が増えれば、どんどん描き直しも増えると思う。

描き直しはちっとも苦にならない。というのも描き直した方がいいのができるからだ。

3日にあげずも本屋に行く。わが家の書庫も古本屋みたいなので、最近は古い本ばかり読んでいる。それも以前読んだ本をもう一度読むことが多い。どの本も初めて読むのと変らない。ほとんど覚えていないからだ。

2014年2月10日
大雪に閉じ込められた。この足じゃ歩けない。終日ベッドの中。まあ半病人みたいなもんだ。

ここ一年以上わが家の前の通りを工事している現場のリーダー格のお姉さんがこの間自作の絵(イラスト)を沢山見せてくれた。可愛くて元気な絵だ。仕事と趣味のギャップに驚かされる。

いつも彼女は制服でバイクでやってきて、ぼくを見つけると大きく両手を振って合図を送ってくれる。彼女の姿を見るだけでなごむ。だけど工事現場が別の道路に移ってしまった。でもその辺もぼくの行動のテリトリーだ。

2014年2月5日
ぼくにとって病気、ケガは偏西風みたいなもので、この風が吹いてくれるから、生活や創作に変化がおこるので決してネガティブではないんだ。

人生も創作も変化があればなんとか生きのびることができるんじゃないかな。

昭和歌謡のブームが来るらしいが、ぼくは子供の頃から、そして今も毎日昭和歌謡を聴かない日がないほどどっぷり。テレビでの歌謡番組はほとんど見てるんじゃないかな。

子供の頃は歌謡曲は田舎臭いというより、都会への憧れだったんですよね。

若い頃、北島三郎さんのお弟子さん(名前忘れたけど)のシングルで作詞をしたことあるけれど、誰か持っている人いませんかね。アルバムデザインは山口百恵さん初め、結構やっている。最近は新沼謙治さんのCDも。

あゝ、そうそう、演歌のシングル盤(ビクターレコード)「男花」と「あゝ故郷に帰りたい」という新曲のレコーディングをしたこともあったけど、完成途中で交通事故に遭ったために実現しなかった。冷や汗もの、実現しなくて本当にヨカッタ。

2014年2月4日
寒い、冷たい朝は足がうずく。足の痛みと対峙しているこんな状態って結構芸術的なんだよね。何んていうか雰囲気ね。

絵には雰囲気のあるのとないのがある。雰囲気って肉体的なものだと思う。行方不明の小学生が見つかったが、怪しい男を交番に通報したタクシーの運転手が「なぜ?」と言われて「雰囲気です」と言った。

何んでも理屈で物を見たり、考えたり、判断する観念的な人にはこの雰囲気を見極めるセンスというか技術というか才能がない人が多いんだよね。

話違うけどぼくはムード歌謡が結構好きなんだ。そんなCD全集持っているけどね。ムードって雰囲気なのよね。ムード歌謡みたいな雰囲気のある絵を描きたいわけ。

わが家の猫は猫年でぼくと同年だと思う。だけど、わが家に来る1年ほど前に生まれており、猫は年に4才歳を取るから現在80才だ。この年になると猫もボケるらしい。

2014年2月3日
もう正月から一ヶ月が過ぎ、2月に入った。若い人(多分60代以前)は時間のことは気にならないだろう。ぼくの世代になると時を刻む音にうるさいのだ。

去年の後半はケガで動けなかった。その後遺症はまだあるが、ヨチヨチ仕事に入りかけた。ヨチヨチというのも幼児的で悪くない。老人のヨチヨチにならないように注意しよう。

これからの生き方というか生活というか、人づきあいというか、ーーはわがまましかない。義理をかく勇気が必要!


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