2020年04月03日
週末は自粛生活です。絵は自粛しません。

「タマ、帰っておいで」(講談社)という死んだタマの絵を91点描いた画集がでました。アマゾンでは即完売したそうです。

お弁当を持ってアトリエ行きです。中味は安倍カワモチです。頭からカブリと食べちゃいます。

2020年04月02日
直感力のない国が緊急事態宣言を出す気がないので、自分を守るために自分のための緊急事態宣言を出すことにした。

高齢者から自覚の少い若い世代に感染が移動し始めていることの自覚を。

人の意見や、状況判断ではなく、本能と直感を信じるしかない。その直感も煩悩に振り廻されているので、にぶっているだろうなあ。

オリンピックの開催日を何の根拠で早々に決めたのか。そのプレッシャーがコロナを拡大しないとも限らない。目的と結果を前提にすると真の想像、創造は生まれない。

オリンピック・ストレスの恐怖が無謀な開催日を決めてしまった。物事はこんな風に決めるべきではない。反アート行為だ。反アート行為とは自然に逆らうことだ。

制作の環境が固定すると作品も固定する。描く(書く)ために環境を変えるのではなく、どうすべきか、と考えた時環境が変る。

作家を苦しめるのは、常に評価を考えているからだ。感性を落としたきゃ、常に時代の先端を走ればいい。

自分に自己満足しなさい。すると人に嫌われるけれど一流になれる。ウワッハッハッハッ。

嫌われるようなことをしなければ、好かれない。今の作家はその反対の生き方を求めている。また読者も好かれるような作品を好く。いつの間にか読者もアホになっている。

人に教えようとするのはエゴイスティックだ。また完璧主義もエゴイスティックだ。

自分の約束の分ってない人はガムシャラに評価されたがる。約束とは宿命のこと。

文章は雰囲気がいっぺんにできない。文章で雰囲気を出すには、何が何してどうしたと繰り返さなきゃいけない。雰囲気は心理を表わす。絵画は心理が直結している。だから文字が邪魔なんだ。そこが文学にない絵画の肉体性である。

緊張しないと生きられないと思っている作家(画家)がいる。作品も肉体も、その時に老化が始まる。ひとつのことに固執することは老いを一本化することだ。

2020年04月01日
昔、四月一日は四月馬鹿、エイプリルフールといってウソを平気でついてもOKみたいな慣習は、ウソが当り前になった社会では通用しなくなった。コロナ感染者が揃って「エイプリルフールです」といえば逆に「ウソだ!」とエイプリルフールは否定される???

テレビで「周りに感染者がいないから実感がない」とか「酒を飲めば忘れられるので飲みに行く」というゴクラクトンボみたいな人が本当にいるのが日本の現状なんですか?

PCR検査を受けて初めて感染がわかるのだけれど、全く症状がなくて感染者だという潜在的な数は実際は凄くいるんじゃないかな。国民全員のPCR検査を義務づけたら、その数が驚異的にはね上った! さてそれでも緊急事態宣言の時期はまだ早いですか?

さあ、コロナのネガティブパワーを、ポジティブパワーに変えて、絵を描こう。

このコロナショックが僕を哲学者にしてくれます?

なんだか絵がヤケクソの絵になってきた! 絵に必要なのは狂気! 狂気が必要ない間はコロナ!



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