2019年03月20日
三井住友銀行公式(ミドすけ)で横尾にお金の話、生活にまつわることなどの質問を募集しています。 質問は急いで下さい。こちらへ応募して下さい。

https://twitter.com/smbc_midosuke/status/1106449967185444865

2019年03月18日
内田裕也さんが亡くなった。仲のいい夫婦は、間を空けないで後を追うというけれど、この二人のネジレというかズレは向こうで修復するのか、どうか? 樹木さんは直感的で、感覚的だった。裕也さんは、コンセプチュアルでスジを通すところがあった。

裕也さんとぼくは同じメーカーの赤い靴下を履いていたら、「交換してくれませんか」と言うので交換したけれど、ちびて薄くなっていた。最近も赤い靴下を履いていた。

おとといオノ・ヨーコさんがアトリエに遊びに来た。おしのびだけれど、彼女は近くのコンビニに行く感じで、会いましょう、と言ってやってくる人だ。この気軽さはちょっと真似できない。東京とニューヨークの差などない人だ。

2人共、耳が遠くて、話が通じないので、テレパシー会話だ。それで十分通じるんだよね。ニューヨークに行けないよ、と言うと、「私、行ったげる」みたいにやってきてくれる。こういう無邪気で子供っぽいところが好きだなあ。

ショーン君も近々ツアーに出るみたい。ヨーコさんも、この間レコーディングしたばっかりだと言っていた。100才になった時、何かやりたいみたい。あと15年などすぐにやってくるからね。時間、空間の概念がないんじゃないかな。

2019年03月15日
今は書評をやっているので月2冊ほど読みます。他は送られてきた友人達の本です。書くより読む方が難かしくって。

フェデリコ・フェリーニも50才になるまで本を読まない人だった。だから、あんな凄い映画が作れるんだよね。ぼくはフェリーニには負けるけれど45才頃まで、本はあまり読まなかったなあ。知性(本)に対して本能(肉体)ですよね。

その割に本はよく買った。いつか読むだろうと思って買うのだけれど、その「いつか」が一向にやって来ないんだよね。

朝日の書評委員を再び続けることになりました。9年目かな? もし書評をやっていなかったら、ほとんど本は読まなかったと思う。書評委員になる前は1年に2〜3冊ぐらい。0に近い年もあるほど、読書は生活の不必需品だったからね。

ゴダールの「男と女」だったかな、アンナ・カリーナが男と別れたあと、部屋のカーテンを変えるシーンがあったけれど、あれだって意識を改革するんだから政治的行為じゃない?

政治的行為は毎日やってますよ。と答える。創作で毎日意識を新たにしています。これはぼくの革命です。芸術は社会を変える力があるから。

2、3日前に見た夢は筑紫哲也さんに一日つきまとわれてインタビューを受けた。「最後に政治について一言」なんて聞かれる。ジャーナリストはこういう質問が好きなんだなあ。死んでもレポートをしているなんて因果な商売だ。

一ヶ月毎日描き続けた絵が50点に達したが、今日初めて一点も描かなかった。やっぱり、休養は必要だ。もしかしたら、明日倒れていたかも知れないと思うと、今日の無為の一日はよかったんじゃないかな。

2019年03月14日
やっと50枚描いた。もう少し描いて、この小品グループは終って、次の150号に取りかかろう。

絵を描く時間に全て当てているので、他の用件が、次々積み重なってきて、ヒェーって感じ。こういう時は、どこかで副交感神経を優位に持って行くようにしなきゃ。「忙しい」気分は放出して、のんびり気分に切り換えよう。

2019年03月13日
ここ1ヶ月近く毎日小品を1〜4点描いている。もうサラリーマン状態だけれど定年後22年経ったサラリーマンだから、60才未満のサラリーマンというわけにはいかないですね。

5月の終わりころ、久し振り(6年?)でスカイ・ザ・バスハウスでの個展の新作を今頃描いているってわけです。

小品は今日現在44点かな?もう少し描いて、100〜150号大の大きい作品に取りかかるつもりだけれど、気力、体力が問題ですよね。

2019年03月05日
中国のメディア「一条」の取材。台湾から出版された自伝「波乱へ」の翻訳者テイエンウェイさんのインタビューを受ける。この自伝は台湾で翻訳部門の文学大賞を受けている。現在は筑摩文庫で「ぼくなりの遊び方、行き方」と改題されて出ています。

今度はツイッターの翻訳に興味を持っておられる若い翻訳者です。結構、言葉の言いまわしが難しく、インタビューでも時々解らないことがあったけれど、ぼくの自伝が彼の頭の中に全部入っていて、こちらが忘れていることを聞かれる。

現在、中国ではこの自伝が翻訳中で、台湾では「老齢と創造」がまもなく出ます。すでに、もう一冊「芸術はウソつかない」が出版されています。

間もなく、中国でぼくの特集号の雑誌(タイトル忘れた、何しろ中国語だもんで)まる1冊が出る予定だけど編集、レイアウト、印刷に1年近くかかっている。きっと、ああでもない、こうでもない、といじくり廻しているんじゃないかな。

ドイツで日本の短篇映画祭があって65年頃、55年ほど前の「KISS KISS KISS」が劇場で公開されるので招待するので来て欲しいと。ナントカという中世の街なので行ってみたいけれど、目下展覧会の制作中で無理だよね。

間もなくロスアンジェルスで開催の日本の現代美術展に大作ばかり、7点ばかり出品することになっていてるけれど、しばらく振りでロスに行ってみたいけど、長距離旅行は疲れるんですよね。

2019年03月04日
静岡市美術館の「起点としての80年」展で谷新さんとトークをする。かなり深い処まで質問されて、吐き出させてもらった。

この展覧会は世界同時多発的に起った、新表現主義の具象絵画展と年代的にはクロスしているが、世界の潮流、動向からほとんど無縁。

世界の動向は、具象絵画の復権、人間と肉体の回復、物語の再考、歴史の再考であるが、日本はこの世界の潮流に全く足並を揃えていない。まるで世界の動向と無関係のように見える。

かつての具体美術の世界への紹介の怠慢、日本のポップアートへの無関心、そして80年代の新表現主義への関心への無頓着。一体、何を考え、何処に向かおうとしていたのか。

それは世界の動向を対岸の火として高見の見物をしていたのだろうか。それより個人の個性への関心という従来の日本的芸術至上主義を良しとしていたのだろうか。まあ、言いたいことだらけの展覧会だったが、その解答は自らの作品で答えるしかないだろう。



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